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多様性が君だけを変えるのか?

徳島県で映像・写真・執筆などのクリエイティブ業を営んでおります、DAISUKE KOBAYASHIです

今日は狂った世の中に対して少し書きたくなったので書いてみることにします。

うまく書けるか分かりませんが、どうぞお付き合いください。

さて、多様性が叫ばれる昨今にボクは大変な違和感を感じていまして、同じようにそう感じている人は少なからずいるはずです。

というのも何かあれば「多様性、多様性」「LGBT」「違うよ、LGBTQだよ!」とまるでセリフのように言われているので、違和感を感じない方がおかしい。

そりゃそうでしょう。ボクは1980年生まれのX世代。ボクが青春を生きてきたのは1990年から2000年にかけてですが、その前から多様性は十分にしてありましたし、LGBTなど普通にあったように思います。

こちらはBOOWYのMV。「季節が君だけを変える」というタイトルでBOOWY最後のシングルとしてリリースされました。いかにも日本らしいカオティックな80年代後半の日本そのものが写されておりMVの枠を超えた大変素晴らしい作品だとボクは感じています。もっというと東京らしい描写が散りばめられており、これを多様性と表現する以外に一体何があるのだろうか?と言うほどの強烈なインパクトを持っています。

要は、当時から日本は多様性の国であったということが、こうした作品によって確認できるのです。しかし一方で「多様性、多様性」と叫ばれるのはなぜでしょうか?それはビジネスとしての名目や、世間が言っているから私も言っておいたほうが良いなどの同調によって必要だから他ならないようにボクは感じています。

「オーガニック」という言葉が世間で使われはじめたあたりが、そういった名目がビジネス的に必要だとなった事の始まりだとボクは感じていますが、情報とは以前であれば限られた人だけが流せるモノで基本的には一方通行でした。しかし、インターネットやSNSが当たり前になった昨今では誰もが流せるようになりました。2012年あたりの『アラブの春』と呼ばれたジャスミン革命は、SNSによる情報戦によって起きた一面を持ち合わせていますが、ボクはSNSや情報化社会のピークはそこだと感じています。それ以降は社会的インパクトがあるどころか、情報の本質を理解し利用し搾取する者と情報を消費する者の二者に分かれ、時代を追うごとに中間層は居なくなり、二極化している印象があります。

搾取する者(資本家)と搾取される者(労働者)は、資本主義社会において切っても切り離せないモノですが、そうした側面を知ることもなく、もしくは知っていても理解せず、多様性という如何にもらしい言葉に乗っかり、消費社会の駒として扱われていくのはいかがなものかとボクは感じているのです。

SDGsもまさにソレにあたりますし、一昔前であればロハスもそれにあたるかもしれません。とにかく時代と共に言葉を変えながらもっともらしい言葉で、消費社会のビジネスとして多様性という言葉が今使われているに過ぎないとボクは感じているのです。

もちろん、多様性、SDGs、オーガニックという考え、思考、スタイルは多くの人間が抱える問題点を解決するために追求するべき事項ではあると感じますが、それを最もらしい言葉を並べて利用し、既得権益を良いことにメディアを使い、コントロールするのは如何なものかと思わずにはいられないのです。

なので、真顔で多様性を訴える人がいようものなら、今一度もっと深いところで物事を考えてもらいたい。そんな事をボクは思っていますし、「あーポジショントークね」と思います。そもそも多様性なんて言葉を使わない世界になればなーと心から願っています。ボクは多様性なんて言葉が大量生産される以前から、そしてそもそも多様性なんて言葉を使う以前に当たり前のように理解をしているつもりですし、皆さんもそうじゃないでしょうか?特に日本は島国。ある種差別とはかけ離れたアイデンティティを持っているとボクは感じています。

ボクが高校生の時は、時代が大きく変わっていく前(グローバリゼーション)でしたので、多くのカルチャーが溢れており非常にオルタナティブな時代でした。そんな時代を青春と共に生きてきたから、今の社会に余計に違和感を感じてしまうのです。まぁニルヴァーナが音楽の世界では神のような扱いになっているのはそういうことなんですが、なぜかニルヴァーナのようなオルタナティブが生まれないのは音楽も所詮産業でありビジネスという事実なんでしょう。

ポスト資本主義。ボクがこうして何かを書こうとも世の中はなるべくして流れていくのでしょうが、そんなクソみたいな流れにボクは死ぬまで抵抗していたいなんて思っています。

そんなことをノーラン監督の『フォロウィング』を観て感じました。内容がそうした内容という意味ではなく、ノーランは自分のスタイルを当時から今も貫いているという意味で。

ちなみに、MVにはロンドンブーツ1号2号の片割れと、昨年お亡くなりになったBUCK-TICKのボーカル櫻井さんも登場しています。良い作品は時代を超越しますね。あれ?もしかしてハイスタの難波さんも出てる?7SECONSのTシャツ着てるし。